2016年08月08日

いた方がいいのだ

「全アロリアよ祝福せよ!」ベルガラスの声は雷鳴のように轟いた。「リヴァの王が帰ってきたぞ! 万歳、ベルガリオン! リヴァの王にして〈西の支配者〉よ」いた方がいいのだ
 それに続く喧噪と、世界の一方の端からもう一方の端まで届きそうな、何万という歓喜の声のさなかに、ガリオンははっきりと別の音を聞いていた。それはまるで暗闇に閉ざされた墓の錆びた扉が突然開いたような、陰うつな金属音だった。その陰惨な響きはガリオンの心を恐怖で凍りつかせた。開けられた墓からうつろな声が起こった。それは全世界の歓喜の声には決して唱和しようとしなかった。何世紀にもわたる眠りを破られた声の主は怒りとともに目覚め、血を求めて咆哮をあげた。
 驚きのあまり考えることすらできずに、ガリオンは頭上高く燃える剣を掲げ続けていた。金属のかすかにふれ合う音とともに、アローン人たちはいっせいにかれらの剣を抜き、新王に敬礼の意をあらわした。
「万歳、ベルガリオン。わが主君よ」〈リヴァの番人〉ブランドは朗々たる声で叫ぶと、剣を一方の手に掲げたまま片ひざをついた。背後に控える四人の息子たちも同様に片ひざをついて剣を掲げた。「万歳ベルガリオン、リヴァの王よ!」かれらはいっせいに唱和した。
「ベルガリオン万歳!」歓喜の声が〈リヴァ王の広間〉を揺さぶらんばかりに轟いた。林立する無数の剣が、ガリオンの手中にある青い炎を発して燃える剣の光を受けていっせいにきらめいた。砦のどこからか鐘の音が響きはじめた。またたく間によき知らせは静かな街をかけめぐり、あちらこちらからもあらたな鐘の音が起こった。その歓喜の響きは岩山にあたってはね返り、凍てついた海にリヴァ王の帰還を告げた。
 だが〈リヴァ王の広間〉でたった一人だけ歓呼に加わらない人物がいた。炎を吹く剣がいやおうなしにガリオンの正体を暴露したとたん、王女セ?ネドラは立ち上がった。その顔は死人のように青ざめ、瞳はろうばいで大きく開かれていた。彼女は突然ガリオンを避けねばならない理由に思いあたったのである。あまりに心かき乱された王女は血の気が失せた顔で突然立ちあがり、絶望感に打ちひしがれたまなざしをじっとガリオンに向けた。だしぬけにセ?ネドラ王女の唇から怒りと抗議の叫び声がもれた
何といっても一番困るのは、行きあう人々がみなかれにお辞儀することだった。ガリオンにはまったくどうしていいかわからなかった。自分もお辞儀をかえした方がいいのだろうか。それともわかったというしるしにうなずいてみせればいいのか。さもなければまったくそ知らぬふりをしてろうか。だが相手に〝陛下?といわれたときにはどうすればいいのだろう。
 昨日のできごとはまだ混沌とした記憶のかなたにかすんでいた。かれは〈要塞〉の胸壁から群衆の歓呼にこたえた。この期に及んでもほとんど重さを感じさせない巨大な剣は、あいかわらずかれの手のなかで燃え続けていた。たしかにそれは途方もないことには違いなかったが、そういった表面的なことがらは、日常的な生活面での大変化に比べれば問題にならなかった。リヴァ王の帰還の瞬間に向けて膨大な力を一気に集中しなければならなかったため、はじめて自分の正体を知った目くるめくような体験のなかで見聞したできごとが、いまだにガリオンの頭をすっかりぼうっとさせていたのだ。
 次から次へと届けられる祝賀の言葉も、戴冠式に備えてのもろもろの用意も、かれの頭のなかでぼうっとかすんでいた。間違いなくかれ自身の生活だというのに、一日のできごとを筋道たてて論理的に説明することすらできなかった智慧肌膚管家


Posted by 風に吹かれて at 13:02│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
いた方がいいのだ
    コメント(0)