2016年08月16日
内なる乾いた声
「頼むから黙っていてくれ」ガリオンはいらいらしながら言った。「少し考えさせてくれ」ようやくかすかに解決らしきものがほの見えてきたような気がした。
「よし」かれはやっと口を切った。「それではこうしよう。今すぐにこの短剣と布切れを持って港へ行き、ただちにその二つを海に投げ捨ててこい。それが終わったら、なにごともなかったように振る舞うんだ」
「ですが、陛下――」
「最後までよく聞くんだ。いいか、ぼくもきみももう二度とこの話はしない。きみの涙ながらの罪の告白も聞きたくはない。そして絶対に自殺することは許さない。いいな、オルバン」
若者は無言でうなずいた。
「ぼくにはきみのおとうさんの助けが何としても必要なんだ。こんなことが露見して、かれが個人的な不幸に悩むようなことがあっては絶対に困る。今回の事件はいっさいなかったことにする。これでこの件に関してはおしまいだ。さあ、これを持ってさっさと行ってくれ」そう言ってガリオンは短剣と布きれを若者の手に押しつけた。とたんにむらむらと怒りがわきあがってきた。肩ごしにびくびく視線を送った何週間かはまったくの徒労――もしくは無用の日々だったのである。「もうひとつ言っておくことがある、オルバン」かれは踵を返しかけた失意の若者に向かって言った。「これ以上ぼくに短剣を投げるのは止めてくれ。もしどうしても決着をつけたければ、ぼくに面と向かって言うがいい。どこか人目につかない場所で互いの体を切り刻むまで相手をしてやるから」
オルバンはすすり泣きながら逃げ去った。
(なかなかみごとな手際だったぞ、ベルガリオン)
が称賛するように言った。
「ああ、もうやめてくれ」ガリオンは言った。
その夜、かれはほとんど眠れなかった。いくつかの点で、オルバンに対して下した判断が果たして妥当なものだったか、ガリオンには自信がなかった。だが総体的において、かれは自分の取った行動に満足していた。オルバンの行為は父親の失脚の原因になったと思いこんだものを抹殺しようという、きわめて衝動的な犯行に過ぎなかった。その裏には何らの陰謀も隠されていないことは明らかだった。オルバンはガリオンの寛大めかしたそぶりを恨むかもしれないが、もはや背後から短剣を投げたりはしないだろう。ガリオンが一晩中悶々として眠れなかったのは、これから始まる戦争に対するベルガラスの憂うつな見通しだった。ようやく明け方近くになって眠りに落ちたかれは、額に汗をびっしょりかいて恐ろしい悪夢から目覚めた。年老い疲れ切ったガリオンが、白髪まじりのくたびれた男たちを率いて勝ち目のない戦いに出発する夢だった。
(むろん他にも方法はある――ただしおまえがわたしの言うことにいちいち駄々をこねることをやめればの話だが)ベッドの上にとび起きてがたがた震えるかれに内なる声が呼びかけた。
「何だって」ガリオンは思わず声に出して叫んでいた。「ああ、ごめんよ。こんな言いかたするつもりじゃなかった。
「よし」かれはやっと口を切った。「それではこうしよう。今すぐにこの短剣と布切れを持って港へ行き、ただちにその二つを海に投げ捨ててこい。それが終わったら、なにごともなかったように振る舞うんだ」
「ですが、陛下――」
「最後までよく聞くんだ。いいか、ぼくもきみももう二度とこの話はしない。きみの涙ながらの罪の告白も聞きたくはない。そして絶対に自殺することは許さない。いいな、オルバン」
若者は無言でうなずいた。
「ぼくにはきみのおとうさんの助けが何としても必要なんだ。こんなことが露見して、かれが個人的な不幸に悩むようなことがあっては絶対に困る。今回の事件はいっさいなかったことにする。これでこの件に関してはおしまいだ。さあ、これを持ってさっさと行ってくれ」そう言ってガリオンは短剣と布きれを若者の手に押しつけた。とたんにむらむらと怒りがわきあがってきた。肩ごしにびくびく視線を送った何週間かはまったくの徒労――もしくは無用の日々だったのである。「もうひとつ言っておくことがある、オルバン」かれは踵を返しかけた失意の若者に向かって言った。「これ以上ぼくに短剣を投げるのは止めてくれ。もしどうしても決着をつけたければ、ぼくに面と向かって言うがいい。どこか人目につかない場所で互いの体を切り刻むまで相手をしてやるから」
オルバンはすすり泣きながら逃げ去った。
(なかなかみごとな手際だったぞ、ベルガリオン)

が称賛するように言った。
「ああ、もうやめてくれ」ガリオンは言った。
その夜、かれはほとんど眠れなかった。いくつかの点で、オルバンに対して下した判断が果たして妥当なものだったか、ガリオンには自信がなかった。だが総体的において、かれは自分の取った行動に満足していた。オルバンの行為は父親の失脚の原因になったと思いこんだものを抹殺しようという、きわめて衝動的な犯行に過ぎなかった。その裏には何らの陰謀も隠されていないことは明らかだった。オルバンはガリオンの寛大めかしたそぶりを恨むかもしれないが、もはや背後から短剣を投げたりはしないだろう。ガリオンが一晩中悶々として眠れなかったのは、これから始まる戦争に対するベルガラスの憂うつな見通しだった。ようやく明け方近くになって眠りに落ちたかれは、額に汗をびっしょりかいて恐ろしい悪夢から目覚めた。年老い疲れ切ったガリオンが、白髪まじりのくたびれた男たちを率いて勝ち目のない戦いに出発する夢だった。
(むろん他にも方法はある――ただしおまえがわたしの言うことにいちいち駄々をこねることをやめればの話だが)ベッドの上にとび起きてがたがた震えるかれに内なる声が呼びかけた。
「何だって」ガリオンは思わず声に出して叫んでいた。「ああ、ごめんよ。こんな言いかたするつもりじゃなかった。
Posted by 風に吹かれて at
12:28
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